2026月01月16日
戦前から戦後へ:日本の障害当事者支援の歩みと法的進展
戦前の日本における障害当事者に対する公的な施策は、現代に比べて非常に限定的で、支援の概念がほとんど確立されていない状況でした。ここでは、戦前から戦後にかけての障害当事者支援の流れを振り返りつつ、わかりやすくまとめてみましょう。
慈善事業や施設の設立:
戦後、1950年代以降になると、障害者福祉法や労働関連法規が整備され、現代の支援体制が構築されていくきっかけが作られました。
視覚障害者向け教育施設:
盲学校:戦後、日本では視覚障害者を対象とした教育機関として、盲学校が各地に設立されました。これらの学校では、点字や音声教材を使った教育が行われました。特に、戦後の復興期に、視覚障害者の教育の普及が進み、全国で盲学校が増加しました。
代表的な学校:
東京盲学校(現在の東京視覚障害者総合支援学校):戦後も存在しており、視覚障害者向けの教育に加えて、職業訓練や生活支援のプログラムが強化されました。
大阪盲学校: 戦後に新たに再編され、視覚障害者向けの教育の場として重要な役割を果たしました。
盲人福祉施設の設立:戦後、視覚障害者が生活するための福祉施設も増えました。これらの施設では、教育に加えて、職業訓練や生活支援が行われ、視覚障害者の自立を支援する重要な役割を果たしました。
聴覚障害者向け教育施設:聾学校(ろうがっこう):聴覚障害者に対する教育は、聴覚障害者専門の学校で行われました。戦後、日本でも手話や口話(口で話す方法)を使った教育が進められ、特に手話教育の重要性が認識されるようになりました。
東京聾学校(現在の東京聴覚支援学校):戦後の日本において、聴覚障害者の教育の中で重要な学校の一つとして位置付けられました。音声訓練や手話教育を取り入れた教育が行われました。
大阪聾学校(現在の大阪府立聴覚支援学校):聴覚障害者向けの専門的な教育を提供する施設として設立され、後に他地域にも同様の施設が設立されました。
聴覚障害者のための職業訓練施設:聴覚障害者向けの職業訓練施設も、戦後に増えていきました。これらの施設では、聴覚障害者が自立して社会で活躍できるように、職業技能の習得を支援しました。特に、音声によるコミュニケーションが難しい聴覚障害者に対して、手話やビジュアルな方法での教育が行われました。
1950年代以降、日本では障害当事者の福祉や労働に関する法整備が進み、障害当事者の権利や福祉が徐々に認められるようになりました。以下はその主要な法規です。
1950年代以降、障害当事者に対する法的保障は次第に強化され、福祉や労働の分野で支援が進みました。これらの法律は、障害当事者が社会で自立し、平等に生活できるための重要な礎となり、今日の障害当事者福祉政策の基盤を築いたものです。